大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(ワ)2756号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、別紙第二物件目録記載の土地及び建物について、別紙第二抹消登記請求目録記載の各登記の抹消登記手続をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告に対し、別紙第一物件目録記載の土地及び建物(以下「南麻布の土地建物」という。)について、別紙第一抹消登記請求目録記載の各登記の抹消登記手続をせよ。

二  被告は、原告に対し、別紙第二物件目録記載の土地及び建物(以下「広尾の土地建物」という。)について、別紙第二抹消登記請求目録記載の各登記の抹消登記手続をせよ。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

第二  事案の概要

一  本件は、原告の所有に係る土地建物に根抵当権設定登記等がされているところ、原告は、右各登記は登記の原因を欠くし、仮に被告との間で設定契約を締結したと認められるとしても、それは通謀虚偽表示により無効であり、また、右が認められないとしても、被告の詐欺を理由に取り消すとして、各登記の抹消登記手続を求めているものである。

二  争いのない事実

1. 原告は、南麻布の土地建物及び広尾の土地建物を所有しているが、請求の趣旨記載のとおりの根抵当権設定登記、条件付賃借権設定仮登記、根抵当権設定仮登記及び条件付賃借権設定仮登記がされている。

2. 原告及び原告の母栗原竹子(以下「原告ら」という。)は、東京都渋谷区広尾五丁目七番一、宅地二一八・二四平方メートル、同所同番二、宅地一二・一三平方メートル、同番地一、鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付七階建建物(以下「栗原ビル」という。)を共有していた。

三  原告の主張

1. 原告は、平成四年一〇月下旬、京葉貿易株式会社(以下「京葉貿易」という。)の関連会社であるプロジェクト優株式会社の小沢隆三から、京葉貿易において栗原ビルを買い受けたいとの申し出を受けたので、以後交渉した結果、代金を一六億五〇〇〇万円として売買する話合いがまとまった。そこで、京葉貿易は、被告に対し、右代金のうち一二億円について融資を申し込んだが、協議が難航していた。

2. 原告は、同年一一月一五日、小沢隆三から、被告の京葉貿易に対する融資が同月二七日に実行される予定であるが、これまで既に二回、京葉貿易側の事情で融資の実行が延期された経緯があるため、被告から京葉貿易と原告においてそれなりの誠意を見せるよう求められているので、被告に対して、原告の南麻布の土地建物につき直ちに一億円の担保を設定してもらいたい、いずれにしても二七日の融資の実行までの間に形を整えれば済むことで、同日には必ず右担保の登記を抹消するので協力してもらいたい。と依頼された。そこで、原告は、京葉貿易と被告の間に金銭貸借が存在するか否かを確認したところ、金銭貸借は存在しないとのことであったので、担保の設定を承諾した。

そして、原告らと京葉貿易との間の栗原ビルの売買契約は、右融資実行日に締結する運びになっていた。

3. 前記申入れに応じて原告は、同月一六日、被告会社において、被告が用意した書類(乙第一、第二号証、第五号証の一)に署名押印し、南麻布の土地建物に根抵当権を設定するために必要な書類を被告に交付したが、その際、その場に居合わせた京葉貿易の代表者齋藤清一及び被告代表者宇津木普是に対し、改めて根抵当権設定は形だけの便法上のものであること及び京葉貿易が被告に対して一切貸金債務を負担していないことを念を押して確認するとともに、被告から間違いなく来る二七日に融資を実行する旨の証明書(甲第三号証)及び栗原ビルの売買が成立した時点で、右担保の登記を抹消する旨の書面(甲第一号証)を受領した。

4. 原告は、万全の準備を終えて融資実行日の同月二七日、被告会社に臨んだ。ところが、被告は、暴力団組員が押し掛けてきたことを理由に、約束の一二億円の融資を実行しなかった。しかし、実際には、これは口実で、被告は、当日融資金一二億円を準備していなかったことが後日判明した。

5. このように、原告は、南麻布の土地建物に期限を限定して根抵当権を設定しただけであって、広尾の土地建物についてまで根抵当権を設定した事実はないし、京葉貿易と被告との間において、消費貸借や手形割引等は一切されていない。

京葉貿易が被告に対して一億円の貸金債務を負担している旨の平成四年一二月一七日付けの債務弁済契約公正証書(甲第一一号証)が存在するが、これは被告が保管中の書類を冒用して勝手に作成したものである。また、京葉貿易は、もともと実体のない会社で、もともと原告らから栗原ビルを買い受ける意思も能力もなかったのに、栗原ビルを不法に占有し、これを正当化する意図の下に、あたかも買い受けるかのように装って原告を騙したものと推測される。

6. 以上の次第で、仮に、被告主張の根抵当権設定契約等を締結した事実が認められるとしても、それは原告及び被告が通謀してなした虚偽の意思表示であり、無効である。

7. 仮に、真実京葉貿易が被告に対して一億円の貸金債務を負担していたとすれば、京葉貿易及び被告は、原告から金員を騙取することを共謀し、あたかも京葉貿易が被告に対して貸金債務を負担していないかのように装って原告を騙し、原告をして根抵当権設定契約等を締結させたことになるから、被告らの行為は詐欺に当たるというべきである。そこで、原告は、平成五年八月二五日の本件口頭弁論期日において、詐欺を理由に、各登記の原因である根抵当権設定契約等を取り消す旨の意思表示をした。

四  被告の主張

1. 被告は、不動産売買及び金融業等を営む会社であるが、平成四年一〇月上旬、京葉貿易から、原告ら所有の栗原ビルを買い受けたいので、二億円を融資してもらいたい、ついては先ずそのつなぎ資金を融資してほしい、との申し出を受けたので、これを承諾し、京葉貿易に対し、次のとおり七回にわたってつなぎ資金合計一億円を貸し付けた。

(一)貸付日 平成四年一〇月一三日

金額 二〇〇〇万円

利率 日歩四銭

弁済期日 同年一一月一三日

(二)貸付日 平成四年一〇月一九日

金額 一〇〇〇万円

利率 日歩四銭

弁済期日 同年一一日一九日

(三)  貸付日 平成四年一〇月二八日

金額 五〇〇万円

利率 日歩四銭

弁済期日 同年一一月二八日

(四)  貸付日 平成四年一〇月二九日

金額 一〇〇〇万円

利率 日歩四銭

弁済期日 平成五年一〇月二九日

(五)  貸付日 平成四年一〇月三〇日

金額 三〇〇〇万円

利率 日歩四銭

弁済期日 平成四年一一月三〇日

(六)  貸付日 平成四年一一月一〇日

金額 八〇〇万円

利率 日歩四銭

弁済期日 平成四年一二月一〇日

(七)  貸付日 平成四年一一月一一日

金額 一七〇〇万円

利率 日歩四銭

弁済期日 平成五年一一月一一日

2. 被告は、同年一一月一一日の貸付けに当たって京葉貿易に対し、従前の貸金を一口にまとめて一億円にした上、新たに連帯保証人及び担保を設定するよう求めたところ、同月一三日、京葉貿易代表者齋藤清一が原告を伴って被告会社に来たので、京葉貿易との間において、右一億円について改めて消費貸借契約を締結するとともに、同日、原告との間において、京葉貿易の右貸金債務について連帯保証契約を締結し、その旨の承諾書(乙第一号証)及び消費貸借契約書(乙第五号証の一)を作成した。

3. さらに、被告は、同月一六日、原告との間において、右貸金債務を担保するため、原告所有に係る南麻布の土地について根抵当権設定契約、南麻布の建物について根抵当権設定契約及び条件付賃借権設定契約を、さらに、広尾の土地について根抵当権設定契約、広尾の建物について根抵当権設定契約及び条件付賃借権設定契約をそれぞれ締結し、その旨の契約証書(乙第二、第三号証)を作成し、各登記をした。

4. 以上のとおりで、右契約が通謀虚偽表示によってされた事実はないし、また、被告や京葉貿易が原告を騙した事実もないから、原告の主張は理由がない。

第三  当裁判所の判断

一  本件の経緯について

本件の各登記がされるまでの経緯についてみるに、前記争いのない事実に、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

1. 原告は、平成四年一〇月初旬、京葉貿易と関連のあるプロジェクト優株式会社の小沢隆三から、京葉貿易において栗原ビルを買い受けたい、という申し出を受けたので、以後交渉した結果、代金額を一六億円程度として売買することにほぼ話がまとまった。

2. しかし、京葉貿易には買受資金がなかったので、京葉貿易の代表者齋藤清一は、そのころ、知人の紹介で知り合った被告代表者宇津木普是に対し、栗原ビルを買い受けたいので、一二億円融資してほしい、と申し入れるとともに、その後更に原告及び弁護士らを同道して被告会社に赴き、宇津木普是に対して、原告らは栗原ビルを京葉貿易に対して売り渡す意向であるが、ただ共有者である原告の母栗原竹子には意思能力がないので、現在原告が財産管理者となって家庭裁判所に売却許可を申請しており、近々その許可も下りる見込みであるから、栗原ビルを売却することに何ら障害はなく間違いなく売買できる旨の説明をした。この説明に納得した宇津木普是は、京葉貿易に対して一二億円以上の融資を実行することを決定した。

3. 齋藤清一は、同月一二日、宇津木普是に対し、右融資に先立って、栗原ビルを売買するための工作資金及び京葉貿易の当面の運転資金等に充てたいので、購入資金のための融資とは別に、つなぎ資金を融資してほしい旨の申し出をした。そこで、被告は、同日、二〇〇〇万円を前記被告の主張(第二、四、2)のとおりの約定で京葉貿易に対して貸し渡し、以後同年一一月一一日までの間に七回にわたり、被告主張のとおりの約定で合計一億円を貸し渡した。同日の貸渡しの際、宇津木普是は、後記5において述べるような事情から、従来の貸金を一億円に一本化して、新たに保証人を付け、担保を設定するよう求めた。

4. 原告は、家庭裁判所の許可審判があったので、本人兼栗原竹子代理人として、同年一一月八日、京葉貿易との間において、売買代金を一二億円とし、契約時に手付金二億円を支払い、同月九日に残代金を支払う旨の約定で栗原ビルの売買契約を締結したが(乙第一三号証)、同年八月に栗原ビルの所有名義が小野塚清に移転され、かつ、同人が三億円の根抵当権設定登記をしていたことが問題になったため、被告が京葉貿易に対して融資することになっていた一五億円の融資の実行が、その後二回にわたって延期された。

5. 宇津木普是の予定としては、右融資金の中から京葉貿易に対する貸金合計一億円の弁済を受け、残りの融資金については、京葉貿易の所有となる栗原ビルに対して担保を設定することにしていたが、融資の実行が二回も延期され、かつ、弁済期日が迫っていた貸金債権の返済にも懸念があったので、齋藤清一に対し、貸金を一億円に一本化し、新たに保証人を付けて担保を設定してもらいたい、これが受け入れられれば、融資の実行を同月二七日に行う旨を申し入れたところ、齋藤清一は、これを承諾した。そこで、同月一三日、京葉貿易と被告は、改めて一億円の消費貸借契約を締結し、消費貸借契約書(乙第五号証)を作成した。

6. 齋藤清一は、小沢隆三を通じて、同月一五日、原告に対し、右5の事情を説明し、保証及び担保設定について原告の協力を求めた。原告としても、自らの資金繰りが切迫しており、栗原ビルをできるだけ早急に売却したいと考えていたので、右の求めに応じることにし、翌一六日、齋藤清一と一緒に被告会社に赴き、被告との間において、京葉貿易の被告に対する一億円の貸金債務について連帯保証契約を締結し、前記消費貸借契約書及び連帯保証契約明細書(乙第二三号証)の各連帯保証人欄に自ら署名押印し、さらに、その所有に係る南麻布の土地建物について根抵当権設定契約及び条件付賃借権設定契約を締結し、承諾書(乙第一号証)、根抵当権設定契約証書(乙第二号証)にも自ら署名押印して、これらの書類を作成し、持参してきた南麻布の土地建物の登記済権利証等を被告に交付した。そこで、これに基づいて各登記がされた。

ところで、原告が被告との間において、広尾の土地について根抵当権設定契約、広尾の建物について根抵当権設定契約及び条件付賃借権設定契約を締結したものとして、根抵当権設定契約証書(乙第三号証)が作成されており、これらの書面に原告が自ら署名押印している。しかし、原告は、広尾の土地建物については右のような契約をする意思を全く有しておらず、いずれも南麻布の土地建物に関する一件書類であると誤って判断し署名押印したものである。だからこそ、原告は、後日になっても広尾の土地建物の登記済権利証を被告に対して交付していないし、被告からこれを原告に請求した事実もない。

右南麻布の土地建物についての契約の際、被告は、原告の求めに応じ、栗原ビルの売買が成立した時点で、南麻布の土地建物の登記を抹消する旨の書面(甲第一号証)を作成して、原告に交付した。右書面は、原告らと京葉貿易の間において栗原ビルの売買が成立したときは、被告が融資金の中から一億円の貸金の弁済を受け、残りの融資金については被告が新たに担保を設定することによって融資金を保全することができるので、売買成立の時点で原告の根抵当権設定登記等の抹消に応じても差し支えがないと被告が判断し原告に差し入れたもので、売買が成立した時点で右根抵当権設定登記等の抹消に応じることを約束したものである。

7. 融資実行日の同月二七日、被告会社に関係者が集まったが、暴力団の組員が押し掛け、齋藤清一らに詰め寄るなどして混乱が生じたため、被告は、これを理由に結局融資を実行しなかった。

二  争点について

1. 前記認定事実によると、原告は、南麻布の土地については、被告との間において、根抵当権設定契約及び条件付賃借権設定契約を締結したものと認められるが、広尾の土地建物については、契約を締結したものとは認められない。

2. 原告は、南麻布の土地についての契約は通謀虚偽表示であると主張するが、前記認定に照らし、採用することができない。

また、原告は、京葉貿易及び被告が共謀して、京葉貿易が被告に対して一億円の貸金債務を負担していないかのように装って原告を騙し詐欺をした旨主張するが、金銭消費貸借契約証書等(乙第五号証の一ないし六)及び連帯保証契約明細書(乙第二三号証)によれば、京葉貿易が被告に対して右債務を負担していたことが認められるから、原告の主張は採用することができない。

3. そうすると、広尾の土地建物についての原告の請求は理由があるが、その余の請求は理由がないといわざるを得ない。

第四  結び

よって、原告の本訴請求は右の限度において理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

第一物件目録

一 所在 港区南麻布五丁目

地番 〈編集注・略〉

地目 宅地

地積 参〇参・七九平方メートル持分壱参参六四九分の四参壱壱

二 一棟の建物の表示

所在 東京都港区南麻布五丁目〈編集注・略〉

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根八階建

床面積

壱階 壱九七・参四平方メートル

弐階 壱九九・六七平方メートル

参階 壱九弐・参九平方メートル

四階 壱九弐・参九平方メートル

五階 壱九弐・参九平方メートル

六階 壱九弐・参九平方メートル

七階 壱九弐・参九平方メートル

八階 壱九弐・参九平方メートル

専有部分の建物の表示

家屋番号 南麻布五丁目〈編集注・略〉

建物の番号 六〇参

種類 居宅

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造壱階建

床面積

六階部分 参八・七壱平方メートル

第二物件目録

一 所在 渋谷区広尾五丁目

地番 〈編集注・略〉

地目 宅地

地積 壱壱六・六弐平方メートル

二 所在 渋谷区広尾五丁目〈編集注・略〉

家屋番号 〈編集注・略〉

種類 共同住宅

構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建

床面積 六七・九弐平方メートル

第一抹消登記請求目録

一 別紙第一物件目録記載の土地・建物について

東京法務局港出張所平成四年壱壱月壱六日受付第弐五弐壱四号根抵当権設定登記(土地については栗原章持分根抵当権設定登記)

二 同目録記載の建物について

東京法務局港出張所平成四年壱壱月壱六日受付第弐五弐壱五号条件付賃借権設定仮登記

第二抹消登記請求目録

一 別紙第二物件目録記載の土地について

(一) 東京法務局渋谷出張所平成四年壱弐月弐弐日受付第参〇八壱九号根抵当権設定仮登記

二 同目録記載の建物について

(一) 東京法務局渋谷出張所平成四年壱弐月弐弐日受付第参〇八弐〇号根抵当権設定仮登記

(二) 東京法務局渋谷出張所平成四年壱弐月弐弐日受付第参〇八弐壱号条件付賃借権設定仮登記

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例